後悔はした方が良い。理由はある。

− 後悔とは仮想的に失敗を検証することだ。
−失敗を検証すれば次のチャンス(未来)に成功しやすくなる
−だから、後悔によって未来に成功する可能性は高くなる。

一方、

−悲観的であることは未来への道を閉ざす。(チャレンジしない)
−後悔は悲観性を伴う(やらなかった後悔)
−よって後悔は未来の道を閉ざすことにつながる。

ここで矛盾が生じる
後悔によって未来は約束されるかもしれない。しかし、その悲観的な本性によりそもそも未来を閉ざしてしまう。

この二つはまるで水と油だ。相容れない。しかし、もしこの水と油を混ぜ合わせることが出来れば美味しいドレッシングができるのではないだろうか?これが「後悔学」の要諦である。

まず、後悔はなぜ悲観的になるのか?それは本質に「罪悪感」を持つからだ。例えば「僕のせいで迷惑をかけてしまった」などその典型である。
では、悲観的にならない「後悔」というものは存在するのか?どうやら後悔が内包する「罪悪感」を消し去る方法があれば可能であるように思える。例えば、「失敗の捉え方を変える」呪文を唱えること(「まあ、しょうがないな、よくあることだ、勉強になった」と失敗をポジティブに捉える)は有効な手段だろう。つまり、失敗しても「しょうがないよな」で済ましてしまうことで「後悔」から「罪悪感」の毒素を抜き取ってしまうのだ。これは頑張ればできるように思える。

しかし、これは私を含めた凡人へのレシピだ。なぜなら、偉人たちはそれだけではないからだ。彼らは過去の失敗(後悔)をバネにして大きく飛躍しているように思える。これは常人にはあまり観察されない振る舞いだ。単に教訓を生かしているだけではない。彼らは失敗や後悔を燃料にしているように見える。
では彼らは何をキッカケにどうやって辛い体験を燃料に転換することができるのだろう。まるで錬金術師のように。
例えば、サッカーの長友選手やビリギャルは「恩師の言葉」と強調する。それも言葉だけではない。腹落ちするために真摯な「恩師の態度」を語っている。おそらく、「信頼できる人がこれだけつくしてくれたのだからその言葉は間違いない」と確信できるに至っているようだ。
さらに「環境」もある。ビリギャルは学校から塾という違う環境に移った。長友選手は故郷を離れ、都会の高校に進学した。ぬかるみ足を捉えているとジャンプも出来ない。しがらみを絶った環境も重要な要因に思える。
このようなイベントが重なった時、「過去の失敗」がもつ「罪悪感」は断ち切られ、軛に囚われていたあなたの中の白馬は一気に走り出す。あるいは、不完全燃焼で溜りに溜まっていた生ガスに火がつく、そして人が本来持っている力を取り戻す。
同様に、破産から立ち上がった事業家などがよく語る言葉がある。「失敗をして、どん底を知ればそれ以下はない。だから頑張れた」
これは失敗してどん底になり、こんな世界があるんだ、と腹に落ちる。それが大きな体験としてその人に蓄えられる。そして、その辛い物語は「罪悪感」を吹き飛ばす。

いや、正確には「自分が変わるべきであることを腹落ちし、新たな自分は、かつて罪と感じていた行いをもはやそう感じなくなる(新しい解釈により記憶も変わる)だから罪悪感は感じない」なのだ。

だから「恩師の言葉」のような「納得でき、目を開いてくれる世界をひっくり返すビジョン」が大切なのだろう。「恩師の言葉」をつくりだせる人間は限られている。だら、偉人もたまにしか生まれない。

そして、「罪悪感」というブレーキが外され、ゴムのように巻き込まれていた屈辱が、ちょっとでも「まし」な未来について進むための推進剤になっているように見える。そして、その推進力により、ちょっとでも「よき」未来に歩みを進めることができる。結果として「気がついたら」成功という山の頂きを踏みしめていた、という言葉になるのではないだろうか?

そう、分解すると、どうやら「捉え方を変える言葉や過酷な体験」と正当性を担保する「腹落ちさせる態度や事実」それに「いままでと異なる環境」がタダの「毒を抜かれた後悔」、つまり「罪悪感」をもつ状態から、本来あるべき姿へあなたを転換する、それを引き起こしてくれる。そればかりじゃ無い、それまでの不完全燃焼によって溜まっていたガスに火がつき、推進剤として偉人たちを離陸させてきたのだ。

この条件を意図的に導入することであなたは変身できる。そして、「後悔」を水に晒して罪悪感という灰汁を抜くことができるかもしれない。残った液体は強力な燃料としてあなたに火をつけてくれる。これであなたは新大陸を目指して滑走路を飛び立つ準備ができた・・かもしれない。いや、一つ忘れていることがある。地図(今ならGPS)を持っていってほしい。空は広い。海原には目印がない。だから、失敗によって蓄積された経験という、あなたを安全に目的に導いてくれる地図が必要なのだ。